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月刊ウマナリ

日常と漫画制作の事

月刊とついていますが、月刊ではありません。
漫画描きウマナリの作品リスト、よみもの、ブログなどをのせています。カワイイものは、あんまりありません。

1コマの情報量(めちゃくちゃ長いので忙しい人は読まない方がいい)

 タイトルから、私には珍しく、なんとなく真面目な記事を書こうとしている事が分かるかもしれない。そんな時は「ですます調」返上だ!
 今の語尾で、すでにいつものペースに戻りつつあるが、とりあえず、今日は一見したものの情報量について考えようと思う。
 私は漫画を描いている事もあって、1コマの情報量、1つのセリフの情報量について、よく考える。
 漫画を描く時、ネーム作業に入る前、プロットを作る(あくまで私のやり方。作らない人もいるかと思う)。
 私は、プロットはすべて言葉のみで作る。物語の展開、キャラの心情、過去や性格(バックグラウンドというのかな)、セリフメモなどなど、色々考えながら、パシパシと言葉をはじき出していく。パソコンで、ネタ帳にどんどん書き込む。パソコンがいいのは、手書きより早くかけるからだ。思考に遅れない。会話のメモは、シーンの流れに遅れない。
 ま、それは余談として、そんな言葉だらけのものを見ながらネームを切っていく。
 ネームは、コマ割りをして、どういう構図にするか頭に描きつつセリフを考え、配置していく。全ページそれをやり、後から下絵を入れて構図をキッチリ決める。
 ネーム作業の時、いつもネタ帳に描いたシーンの会話を、70%くらいカットしたり、ほぼすべて変更したりする事が毎回起こる。
 それは、漫画の1コマと、それを言葉だけで表現しようとした場合との、情報量の差だと思う。物語の筋道が変わる事はないけれど、そういう表現の仕方が大きく変わる。
 シーンのメモで、会話で流しているメモを使う事がよくある。そんな時、そのメモの会話をすべて忠実に使ってネームに起こしたら、2ページくらいいくなと思う事がある。でも、それを実際漫画にするためのネームにすると、1、2コマで終わる事がたいていだ。言葉でメモする時は、ドラマのような映像+セリフが頭で流れていて、それをメモするので、そういう風になるのだけれど、そう思うと、漫画の1コマというのは、すごい情報量なんだなと気づかされる。そして、気を付けて1コマ1コマ練って描いていかねばならないなと、気を引き締める。ネーム作業とは、なんかちょっと、初心にたちかえるというか、漫画の基本を最初から思い出す機会でもあったりする。
 漫画を描かない人にはピンとこないかもだけど。

 今回の記事の内容は、このラクガキをしながら思った事(笑)。

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  あくまでわが本丸の彼らの事であるが。
 ので、いつもの漫画と(オリキャララクガキも)同じような感じで描いたのです。漫画はわりと長く描いているので、もうクセになっているのですが、情報をちりばめます。
 彼らは仲良しである(どうも二人で外出したか、待ち合わせをしたかそういう感じだ)。
 やっさだ君(左)は、思った事をわりとすぐ口にしちゃうタイプだ(私なら仲の良い相手でもすぐにこういう質問をしない。興味があれば観察をする)。
 加州は本心どうあれとりあえず直球は見送るタイプである(「どういう人」に対する「知らない人」ならともかく「誰」に対して「「お前の」知らない人」は見送りである)。
 後、やっさだ君は、「女の子向けと見た!」と、パッと見ただけでかなり妄想を走らせて断定している。その事で、自分が女の子に興味があったり、彼女がほしかったり、そういうクールとは逆の感覚を持っていることを露呈してしまっており、すぐそうなっちゃうタイプである。人から考えを見破られやすいキャラである。加州がコレをあげるのではなくもらったのかもしれないのに。
 対して加州は、本当に知られたくなければ隠せばよいのにやっさだ君の目に留まるように、小さな紙袋を指先にプラプラさせていて、そのくせ質問には微妙な答えをし(やっさだ君の「知らない人」の性別もわからない)、視線も合わせていない。
 そうなると、この二人の関係性、力関係や相手に対する感情などの情報も生まれてくる。
 この1コマでは、加州の方が強そうである。でも、やっさだ君に、自分がハッキリいわなくても自分の気持ちや本当に起こった出来事に気付いてほしいという加州の気持ちもありそうで、そちらを採用するなら、やっさだ君の方が本質的には立場が強いかもしれない。
 そういうモヤモヤが生まれてきたら、どうだろう?二人の関係性、加州の本心、そしてこの小袋は一体どういうものなのか?そういうモヤモヤ。どう?
 次のコマへ進んでしまわないかい(やかましい)。
 で、次のコマでやっさだ君が「知らない人って?」みたいに食いついてくるところ、加州がにっこりしていたりする、それが左ページの最終コマにあったりなんかすると、ページをめくりたくなるだろう。めくると答えがかかれている。
 加州は、その日やっさだ君が本丸にきてひと月経ったし同じ隊で戦えるくらいになったので、何か買ってやったのだ、というオチ?があるかもしれない。「なんだそんな事か、女の子かと思ったのに」とマイペースなやっさだ君に加州はムカっときてケンカになるというお決まりコースになるのかもしれない。

 そんな感じで、漫画は仕組まれている(ちょっとした余談だね!)。

 それだけ情報量のある1コマなのに、初心者の頃は、絵で描けるところもセリフにしてしまう事がよくあり、投稿して編集者に「絵で表そう」みたいなことを言われるのはお約束だね!
 なんでそうなるかというと、まぁ、なれとか知識?不足とかもあるんだけれど、私の場合、絵がへたくそだったという事も大きい。絵で情報を描くというのは、結構難しい。
 今日のラクガキだと、私はこういう二人一緒の絵がめちゃくちゃへたくそだった。描けなかった。二人とも棒立ちとか二人とも座ってるとかじゃないとむつかしかった。
 なので、やっさだ君の性格や心情を表す、前のめり?でうれしそうな顔をして話しかけてるとか、加州が指先に所在なげに小袋ぶら下げて壁かどっかにもたれてるとか、そういう事を描けなかったので、そういう事を全部セリフにしなきゃならなかったりひとりずつのコマにしなきゃならなかったりした。難儀やな!
 そして、セリフの作り方もわりと重要で、一言のセリフの情報量は、作り方で変わる。それも、漫画を描いてて苦労する事。長いセリフに情報量が多いのは当たり前だけど、漫画はテンポよく行きたいので(特殊な場合を除いて)、単語や言い回しを厳選して、情報を増やしていく。私が個人的に一番大事にしているのは、そうやって加工?していく中で、そのセリフが本当にそのキャラがいいそうなセリフかどうかって事を何度も見直す事だ。
 ラクガキで言うと、やっさだ君のセリフは「清光なにそれ!」とかいう呼びかけや問いかけなしに「女の子向けと見た!」で始まっていて、それは彼の性格と加州との関係性も表されるとよいなと思っての事+セリフを短くしたかった。スペースも小さいしね!やっさだ君のセリフに比べて言葉数が少ない加州のセリフも同じ。でも私は普段加州がやっさだ君に対してそんなに口数が少ないワケでもない事を知っているので(どういうことだと思っても流そう!)、彼が何かいつもと違う事を思っている、感じている、企んでいる、そういう事も表したかった。これがもし漫画で前があって、加州がよく話をしているところが描かれたりすると活きると思うの(やかましい)。
 更にやっさだ君は「ね、ね、」と呼びかけ?ているが、こういう呼びかけ方をする男の子って、ちょっと、優しい(やわらかい、もろい)ところがあったり、かわいかったり、相手に対して信頼感がある為に甘える所がちょっとあったりっていう印象あるよね。それも、表したかった。これが「ね、ね」抜きだと印象がかなり変わる。男くさく?したかったら、これを抜く方がいいかもしれないね。

 まぁそんなこんなでクソ長い記事なったが、こういう事を日々考えながら漫画描いてるって事で。だからネーム作業は頭が疲れる!セリフを短くしなきゃならないって事が一番疲れるというか。長けりゃなんぼでも伝えたい事伝えられる。でも、絵とミックスして短くして、コマをつないでいく。
 頭疲れるけど、私はお話そのものを考えるより、こういう作業の方を愛しているので漫画を描いているといっても過言じゃないかもしれない。そのためお話を考えるのがへたくそだ。修行のため、なるだけたくさん話を考えて、描いていかないとダメやね!

 さて、ラクガキでとうらぶキャラを描いているけれど、ゲームの方を本当にチビチビしかやってなかったので反省して(しなくてもよい)、昨日か一昨日か、真面目にレベルを上げる事をしています。大太刀がいなかったので、昨日レシピを調べて鍛刀したら蛍丸と次郎太刀が続けてきてくれたので、今日も真面目に(?)合間合間にやってます。
 漫画は今日から作画作業。扉絵に悩みつつ、進めていきたいです。もうしばらくガチで考える作業はあんまりない。別の苦しみ(?)はあるけど(背景とか)。