月刊ウマナリ

日常と漫画制作の事

SNSをやめてしばらく経った

少し前に、ツイッターFacebookのアカウントを削除しました。

SNS疲れという言葉もよく聞くので調べてみたけれど、私がやめた理由とは少し違うみたい。

ま、理由はさておき、やめてどうなったかということですが。

最初にびっくりしたことは、頭の中が静かになったということでした。

私は、双極性障害発達障害があるので、他の、そういうのがない人たちからすると少し感覚の違いはあるかもしれません。その辺をふまえて読んでいただけたらと思います。

 

頭の中が静かになったことは、ちょっと不思議で、その原因があんまりわかりませんでした。

タイムラインをチェックしなくてもいいからかな?と思いましたが、ある時、それもあるかもしれないけれど、もっと大きな原因に気付きました。

それは、ちょっと面白いことというか、そばに人がいたら「な、な、今こんなことあってんけどおもろいで」と話しかけたくなるような、でも、とても小さなことがあった時でした。

その時、私は「あ、これ、ツイートせんでもええんや」って気づいたのです。

そして、それがとっても脳みそにとってラクなことであるということに、気づいたのです。

そうして振り返ると、ツイートする、Facebookで投稿するということは、私の脳みそにとって、めちゃくちゃ刺激的なことだったんだなということに、気づきました。

双極性障害とか、発達障害とか、そういう脳みそを持っている私にとっては、脳みそが刺激を受けると結構、しんどいみたいです。さらにいうと、もともと過敏なのか、刺激を受けやすく、テンションの調節が難しいです。

だから、結構、しんどかったのかも。

で、やめたら、頭の中がシンとして、めちゃくちゃラクだと感じたのかもしれません。

思えば、私は幼稚園のとき、みんなが教室にいるときは誰もいない大教室に行き、みんなが大教室で集まっているときは、誰もいない教室に行っていました。小学校低学年の頃の記憶で一番よく覚えているのは、休み時間の教室で、椅子に座って耳をふさいだりあけたりして、音が「ワンワンワンワン」て聞こえているというシーンと、これも休み時間などですが、用もないのに掃除用具入れの中に入っていたという事です。

今思えば、音とか、動き回る児童とか、めっちゃ刺激的で、しんどかったのでしょうね(笑)。

 

今振り返ると、SNSって、タイムラインに、「たくさんの人がいる」状態ですよね。子供の頃の、教室みたいに、私の脳みそは刺激を受けていたんでしょうね。さらに、そこで発言するという事は、そういう教室で「ねぇ、今日面白いことがあったんだよ!」って話すことで、大変だったのかもしれません。

で、結局、昔楽しんでいたブログに戻ってきたわけです。

ブログのラクなところは、SNSと反対で、自分のブログには自分しかいないっていう事です。ネット上に公開するという自覚はありますが、タイムラインのような、大都会の駅のコンコースのような、そういうところに立っていなくていいし、そういうところで発言しなくてもいいという事です。そして、リアルタイムで発言していくという事もありません。

勿論、私にとって、という事ですが。

私のブログに、コメント欄を設けていないのは、まだ脳みそリハビリ中だからです(笑)。

 

脳みそがラクになって、よかったことがあります。

それは、漫画制作の、一日の述べ製作時間が3倍くらいになったことです。これもびっくりしました。どんだけ疲れてたんやっていう話です(笑)。

脳みそって、不思議ですね(?)。